最近ずっと気になっているお店がある。 札幌の高級住宅街、円山地区にある 「すし宮川」 札幌では、数少ない「仕事」を施した寿司を提供する店ある。 店を構えて3年程ながら、北海道ミシュラン2017新掲載で、いきなり三ツ星というツワモノ。 すでに札幌一とも、北海道一とも、言われる名店である。 いつもの寿司屋でも、「ウチを気に入ってくれるなら、好きなはずだから一度行ってみて欲しい」と紹介された。 コレハモウ、イクシカナイ。 この店は、カウンターのみ8席の二部制、つまり、1日に多くても16人しか入店できない。 二部制は、第一部17時からと、第二部19時半からとなり、さらに私の仕事を考えると、来店できる条件は、第二部の土日のみに限定される。 しかも月イチの出張中の1週間内という、わずかなタイミングしかなく、なかなかハードルが高い。 照準を2ヶ月後に設定し、予約の電話を入れるも、第一候補の土曜は既に満席だという。 ・・・恐るべし。 それでは、第二候補の日曜日はと確認すると、第二部の2名まで空きがあるとの返事だ。 さっそく、マイぐい呑仲間のS氏を誘い、日時を確認し、予約を入れた。
ほっと肩をなでおろす。
ギリギリセーフ。
マイぐい呑み使用の許可も、ちゃっかり取り付けた。フフフフフ。
コレは楽しみだ。 当日までの間は、もう喜びと期待で、完全に浮き足立っている。 まるで、クリスマスを心待ちにする小学生の頃の、あの感覚が蘇る気分だ。ソワソワが止まらない。 さて、12月10日、日曜日の当日、今日の仕事は15時には終了し、早々とホテルにチェックインして身支度。 19時15分に札幌地下鉄東西線、円山公園駅の改札口でS氏と待ち合わせた。 駅に着くと、すでにS氏は到着していたようである。 「いよいよですね、なんだか緊張して来ました。」S氏も緊張でソワソワしている。 「いつも通りで、大丈夫ですよ」と格好付けて余裕のある素ぶりを見せてみたが、実は、早めにチェックインしたホテルで、緊張し過ぎて居ても立っても居られず、ぐい呑の確認を何度もしてみたり、爪を切ったり、シャワーを浴びたり、服を着替えて身を清めて、心を落ち着けていた事は、ここだけの話だ。 さて時間だ。
すし宮川 北海道札幌市中央区南1条西24-1-30 円山OCT BLD1F 電話:011-613-2221 営業時間:一部、15時〜19時15分:二部、19時30分〜 店内は、土壁に美しい白木のL字カウンターで、侘びた風情とシンプルなモダニズムの同居したセンスの良い設えとなっている。 圧倒されそうなのだが、威圧感はなく、むしろ居心地が良い。 つけ場には、白衣姿の男性が、静かに淡々と準備を進めている。宮川氏だ。 席に通され最初の飲み物を聞かれる。
スタートは、「黒龍」いっちょらい五百万石にしてみた。 今日のマイぐい呑は、お店への敬意を表して、中村六郎作 備前酒呑。
S氏は「酒屋八兵衛」に、マイぐい呑は、新進気鋭の若手作家、高力芳照作 備前盃。 写真撮影は、周りの人に迷惑がからないように、音が出ないのならOKだそうで、この日のために、愛用の最新iPhone Xに無音カメラアプリをダウンロードしておいた。 おそらくは、今年のマイぐい呑ライフのクライマックスを飾るであろう時間、事前準備は万全に済ませた。フフフ。 「なにか苦手なものはございませんか?」さあ、宴の始まりだ。 カウンターの客席一人一人に向かって、優しく対話をするように料理の説明をしていく宮川氏。
まずは、蕪のすり流しと炙ったフグの白子を乗せた茶碗蒸し。 優しい出汁を感じながら、ゆっくりと胃が活動するのを感じる。 白子に含まれるタンパク質や核酸が、代謝や血流を促進させ、蕪に含まれる消化酵素アミラーゼが、胃を活性化し消化を助ける。まさに、最初の一品に相応しく理想的な料理である。
皮目を炙って軽く燻した金目鯛の刺身。 オホホホホ。いきなりの変化球だが、こねくり回しているわけでもない、実に軽妙で繊細なバランス。
白バイ貝と百合根の梅肉和え。 百合根が、白餡のような上品な甘さを演じるため、ほんのり梅風味の和菓子でもいただいているような錯覚に陥る。バイ貝が食感に変化を出している。初めて食べる料理だが、どこか懐かしさを感じる。
甘鯛と海老芋。 甘鯛の松笠焼きと炊いた海老芋に葛餡をかけたもの。 シンプルな料理であるからこそ、料理人の腕が試される瞬間である。 寿司屋だと思っていたのが、間違いだったと感じる。おおよそ寿司屋がつくる酒の肴のレベルではない。 ここは、寿司の出る高級割烹であると確信する。エクセレント。 ここで、酒をすかさず追加。 宮川氏へ、おススメを伺う。
「明鏡止水」純米吟醸と「ちえびじん」純米大吟醸。 「ちえびじん」は山田錦のためフルーティな香りがあるが、どちらもさらりと淡麗で、キレが良い。繊細な肴や寿司を邪魔しないための選択なのであろう。
蝦夷あわび 柔らかく蒸した蝦夷あわびの肝ソース和え。 生クリームで優しく上品に仕上げた肝ソースが秀逸。
香箱蟹 地域によってセイコガニとかセコ蟹と呼ばれるズワイガニの雌の事で、立派な雄に比べて小ぶりで、つい最近まで商品価値がないとされていたために、北陸地方で密やかに消費されていたもの。 しかし、北陸の地元では、本当に美味しいのは、この香箱蟹だとも言われている。 ポイントは雌が抱えている卵で、この蟹はコレを食すと言っても過言ではない。 宮川では、内子はミソと身肉と和えて、外子はソースに使用している。美味くない訳が無い。イヒヒヒ。
これから握られるであろうネタは、木箱から出されて、まな板とは違う小さな板に並べられる。 よく見ると、少なくとも私たち客の目から見えるところにプラスチックなどの無機質なものはない。基本的に木材か陶器で温かみのある演出だ。エクセレント。
キビキビと言うより、流れるような所作で握られる寿司。
平目の昆布締め 握りのはじめは、白身の定番、平目の昆布締め。 アッ、ヤサシイ。比較的に厚めに切り出されたはずのネタなのに、ネタが残ることもなく、米もふわっと優しい握りに仕上げている。ウマい。
鰹のヅケ 鰹の握りといえば、生か、タタキが定番だと思うが、艶のあるヅケで登場。しかも、軽く燻したらしい。 程よく水分が抜け凝縮された旨味に、ねっとりとした食感。軽く香るスモーク。どことなくチーズを食べているような感じもあるから不思議である。 かつお節は、燻して作ることからも、鰹とスモークの相性は良い。ナルホド。
アカムツ 俗に言うところの「のどぐろ」の登場。 のどぐろにしては、脂の乗りはイマイチだが、しっかり熟成されているため、旨味が強い。
さらに、酒を追加。ここからはS氏と二人で1合にしよう。 私の故郷の銘酒、蓬莱泉から「可」純米。水のようとはこの事。
せっかくなので、私がもう一つ持っていた、西岡小十作 絵斑唐津ぐい呑をS氏に使って頂いた。
紋甲烏賊 北海道で、烏賊と言えば、スルメやケンサキのような槍烏賊だが、コレは肉厚な紋甲烏賊。ねっとりと甘みか強い。 とろヅケ 熱湯を掛け表面を霜降りにしたサクをヅケにしたもの。 カマトロであろうか、黒毛和牛のサーロインを軽く炙ったような食感である。
小肌 口の中をさっぱりさせる小肌。しっかりと締った小肌は、このタイミング。憎いねえ。 鰆 この時期だといわゆる寒鰆。サワラと言えば、西京漬が有名だが、こちらは、皮目を炙った握り。身が締まっていて、淡白。
バフンウニ ウニは、軍艦でも握りでもなく、器に入って登場。シャリにウニソースをかけて、生うにを乗せてある。ワンポイントの海苔が香り高く良い。 まさに、シャリの雲丹リゾットである。 笑うしかないくらい美味い。イヒヒヒ。
すかさず、「ゆきの美人」愛山純米吟醸。愛山らしい華やかな香り。
いくら 北海道らしく、上品で甘めな醤油付けは、シンプルに軍艦で頂く。 あ、この海苔が美味い。この香り、恐らくアオサが含まれる海苔だと思う。 車海老 比較的大きめな車海老は、一口で食べやすいように、尾側の身肉を二重に重ねて、全体的に短くなるような工夫がみえる。
最後に「一歩己」純米吟醸を追加した。
穴子 表面を炙られトロトロな穴子も、優しい味。 あら汁 魚のアラから取ったスープも荒々しい漁師料理ではなく、雑のない優しい味に仕上げている。
宮川氏「これで一通り終了ですが、なにか召し上がられますか?」 私「そうですね・・・」 宮川氏「今日出てないものでしたら、出汁漬けにしたホッキがありますが・・・」 私「じゃあそれ下さい。Sさんはどうしますか?」 S氏「もちろん頂きます!」 私「それでお願いします。」 宮川氏「かしこまりました。」 すっとしゃがみ、足元の冷蔵庫からネタを出す宮川氏。
私「まじか・・・。」思わず絶句する。 S氏「讃岐さんどうしたんですか?」 私「だいたいこういう時って、タッパーに入っていると思うじゃないですか、足元の冷蔵庫から出てくるわけだし、出汁漬けだって言ってたし。それが見て下さい。織部の向付に鎮座して登場ですよ。演出が完璧です。」
そのネタは、タッパーやアルミのトレーではなく、織部の向付の上に晒しを巻いた状態で登場した。
S氏「そんな所、見てるんですか?」 私「せっかくカウンターなんですから、そこを見なくてどうするんですか。」 S氏「え?」 私「ほら、よく見るとこの店、客の目からプラスチックとか無機質なものが見えないように工夫されています。全て木材か陶器。これ演出ですよ。」 S氏「そういえばそうですね。」 私「よくあるTVの料理番組とかでも、ビニールや発砲スチロールの箱から食材を取り出すシーンを平気で写してますが、あんなもの見せられたら、美味いものも美味そうには見えなくなってしまうと思っているんです。それで、この織部、完璧です。」
S氏「へぇ・・・」 私「演出といえば、すし。ここの寿司、動いているの気づきました?」 S氏「え?動く?」 私「宮川氏は、必ず寿司の先だけを着けて置いているんです。そうするから、シーソーの原理で寿司は戻ろうとして動くんです。見ていて下さい。」 S氏「あ、本当だ動いた!」 私「織部も、これも宮川氏のきめ細やかな演出ですね。」 S氏「見ているところが変態すぎてついていけません。笑」
北寄貝の出汁漬け 様々な気づきの中で提供された、北寄の握り。 瑞々しく肉厚なホッキである。磯臭さは皆無で、旨味が押し出されている。うん、やっぱりホッキは米に合う貝だわ。ムフフ。 玉子(写真撮り忘れ・・・) しっとりとフワフワの泡のような卵焼き。締めのデザートだ。 いやはや堪能した。
宮川氏のきめ細やかな優しさが、にじみ出た良い料理と良いお店だ 「料理は人」だと改めて気づかされる日だ。 ぜひ、寿司屋のカウンターに座ったなら、せっかくだから細かいところまで見て欲しい。その気づき一つ一つが、店主の思いだと気づかされるのだ。
最後には、宮川氏および従業員総出のお見送り。恐れ多いです。笑 今年のクライマックスに相応しい内容に満足と感謝。 ご馳走さまです。 それでは、今日の「マイぐい呑みライフ」に乾杯!