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弁天山美家古寿司

更新日:2023年1月25日


もう10年以上経つであろうか、 派手さはないが、江戸前の仕事に衝撃を受け、感動し、震えたのを今でも鮮明に憶えている。 私の寿司に対する考えを一変させ、寿司を食べたいと思う時には、頭に必ずよぎる店がある。 「そうだ寿司を食おう」

弁天山美家古寿司

弁天山美家古寿司 東京都台東区浅草2-1-16 電話:03-3844-0034 定休日:月曜日、第3日曜 営業時間:11時30分~14時、17時〜20時 浅草寺の脇にひっそりと佇むような出で立ちで、気を抜くと通り過ぎてしまいそうになる。 暖簾をくぐり店内に入ると左側にカウンターと奥にテーブル席もある。 カウンターには、幕が掛けられており、これは俳優の中尾彬さんが手掛けるものだ。 今日は日曜日なので、事前に予約をしていた。その為か清潔にされた白木造りのカウンター前に通される。寿司屋のカウンターに座ると、少々の緊張感で心なしか背筋が伸びるような気がする。 つけ場には、シミひとつ無い白衣で凛とした職人さんが、黙々と寿司を握っている。 今日は六代目ひとりだ。 以前は、五代目の親方と並んでいる事が多かったが、基本的に代を譲ったと聞く。 ここ、美家古寿司を語る上で、五代目である内田正さんの話は避けては通れない。 内田さんは、寿司を握る時には、指先が16℃に保たれる神業を持つという。

自ら、江戸前寿司に対して書いた書籍も出版しており、徹底した江戸前の仕事の研究と技で、国内外からファンが多い。生ける伝説的な寿司職人である。 お店の創業は、慶応2年(1866年)、約150年だと言うから驚く。 初代は、江戸前寿司の祖である華屋与兵衛の流れをくむ「千住みやこ寿司」で修行を行い、この弁天山に創業したと、内田さんが以前のラジオで話をしていた記憶がある。また、世代的にはグルメ漫画の草分け的存在である「美味しんぼ」に伝統を守る江戸前寿司の名店としても取り上げられている。 その名人内田さんが、「味を守ってくれるなら、血筋は関係無い」と、代を譲られた六代目の山下大輔さん。常連のお客さんから「大ちゃん」と親しみを込めて呼ばれている。 いやおうなしに期待が膨らむ。 まずは酔鯨の純米吟醸をいただき、刺身とぬたで様子を伺う。 刺身は鮪、カンパチ、平貝、煮蛸。 ぬたには、づけ鮪に赤貝のヒモ。ウマイ。 何度かお世話になっているが、マイぐい呑を出すのは今回が初めてである。 タイミングを窺うが、六代目は手が離せそうもないので、店員さんに耳打ちするとOKが出た。 今回のお供は、お店に私なりの敬意を表して中村六郎作 備前酒呑。 「素敵なぐい呑ですね」と六代目。ちょっと照れる。 暖機運転終了。そろそろ握ってもらおう。 ここでの寿司は、コースメニューの二択と決めている。「弁天山」か「鬼灯」か。 握り12カンにプラスが「巻物2種」か「小づけ丼」かの違いである。 他にもコースメニューはあるが、美家古の寿司を楽しむには、個人的にベストな組み合わせだと思っている。 大いに悩むが、今日の気分は、メシよりも酒なので「弁天山」に決めた。 「なにかお嫌いなネタはございますか?」美家古の握りスタートである。

平目と鯛の昆布じめ

まず握られるのが、白身魚の代表格である平目と鯛。 これはいわゆる生魚ではなく、昆布で締めたネタである。これぞ江戸前の仕事。 そして、 「醤油は付けてありますのでそのままお召し上がりください。」 提供される寿司には、あらかじめ「にきり」と呼ばれる出汁醤油や、甘い「ツメ」が塗られており、このままいただくのが本筋と考えたい。 昆布締めにされたネタは、熟成され柔らかくしっとり旨みを持つ。

ただ柔らかく握るでもなく、硬すぎるでもなく、ネタと酢飯が口の中でちょうど良く混ざり合うイメージで、どちらかが口に残ることもない。

酢飯の加減、量や握りの強さ、温度など、ネタと酢飯、にきりが完全に一体となったバランスを考えると、こうなるという一つの答えがここに見える。 ウマイ。これが、美家古の仕事だ。六代目、また腕を上げましたね。

蒸し鮑と赤貝

続いて蒸し鮑に赤貝。 蒸し鮑というが、実際は茹でたもので、茹でてそのまま常温で冷ますことも「ムス」という仕事らしい。 赤貝は下処理が悪いと独特のヌメりと嫌な臭みがあり、食えたものではないが、この妖艶なツヤを残したままの処理に頷く。 前半折り返しに、北寄と小肌。 つやつや美しくちゃんと処理さた北寄は、肉厚ジューシーでナイス。そういえば、比較的柔らかな貝であるせいか、しっかり下処理をしてあり、酢洗いはしていると思われるが、赤貝とこの北寄は生である。貝は江戸前的に伝統として生なのだろうか?また機会があれば、聞いてみよう。 地味に思われがちだが、その店の仕事がはっきり出るネタとして、一番のこだわりを見てとれる「寿司屋の顔」と言われる小肌。時期的には、新子かと期待したが、まだ少し早かったようね。 さて後半戦に突入だ、ここで夏っぽい酒をオーダーしてみよう。 酔夏純米。すっきりと優しい味で、寿司の味を邪魔しない。 「どことなくスイカのような味もしますね」とうそぶいてみる。 「それはないでしょう?」と笑う六代目。 「今日は親方は?」と常連さんらしきお客さん。 「上にいますよ、今日は通しですから、休んでもらってます。これからも長く使い物になってもらわないと」と笑いながら六代目。毒づいているようで、親方への敬愛も感じる。 後半の握りスタートは、さいまき海老と鱚。 さいまき海老とは、小型の車海老で、本当に美味いのはこのサイズと言われ、最上級の海老と称されるものだ。これを丸くならないように真っ直ぐに茹で、パサパサにならないように仕事が施されている。酢飯との間に挟んだおぼろもニクい。 鱚は、軽く酢で締められているようであるが、酢を感じるほどでなく、酢飯との一体感を求めた為なのかもしれない。色ツヤも実に美しい。ビューティフル。 そろそろだ。

沢煮穴子と煮いか

待ってました。沢煮穴子と煮いか 穴子は専門用で「メソ」と呼ばれる小型のもので、これを捌いてさっと煮て、握る時に軽く炙ってツメが塗られる。沢煮とは、薄味に煮る煮物のことを言うらしく若干の甘味を感じるが、むしろ穴子の味をダイレクトに感じる。 クタクタに炊かれた柔らかい穴子も良いが、美家古のそれは弾力があり穴子の香りを強く感じる。少し固めな酢飯とのバランスが良い。 さて「煮いか」である。寿司ネタで煮たイカなの?と思われるかもしれないが、これが、脳天を突き抜ける美味さである。 イカは槍烏賊やスルメイカで仕入れによって若干異なるが、あくまで柔らかく、サクサクと噛み切れて酢飯と混ざり合う。決してイカだけが口の中に残ることもない。そして、このツメが秀逸で、先ほどの穴子にも塗られているが、烏賊と穴子の煮汁を煮詰めて作り、代々継ぎ足したもの。一朝一夕ではこの味は出せない。 「寿司=生魚」の概念が完全に吹っ飛んだ忘れられない逸品だ。 ため息が漏れる。エクセレント。 酒にも合うから、コースの後に1カン、2カンと追加オーダーしてしまうこともしばしばである。 さて握りの最後は、づけと玉子。

「づけ」というものは本来は、ネタの保存のための手法である。 他店でよく羊羹のようになってしまったものがあるが、食感が悪く食えたものではない。 ここのづけは、鮪の赤身を霜降りに湯引きして、にきり醤油に漬けたもので、実に食欲をそそる色に仕上がっている。口に入れると、鮪の旨味が凝縮され食感も良くづけの美味さを再認識させられる。うん、実にいい。 玉子は、甘すぎずバランスがよい。 余韻を楽しむように酔夏をおかわり。 そういえば以前、「寿司に合う酒ってどんなものですか?」と質問を受ける五代目に居合わせたことがあるが、「どんなお酒が合うといいますか、寿司に合う飲み物という言い方をしますと、実はお茶なんですよ。 もともと、お茶受けとして提供したのが寿司ですから、やはりお茶が合うのです。ですが、お酒を召し上がるお客様もいらっしゃいますから、お客様が美味しく召し上がっていただく事が一番かと思います。」と穏やかな口調で言っていた事を思い出す。

鉄火巻きと干瓢巻き

しかし実は、私の密かな楽しみがある。コース最後に登場する鉄火と干瓢の巻物を交互につまみ代わりに食べながら、酒を呑むのがたまらなく好きなのである。

内田さんには、苦笑いされそうだな・・・なんて思いつつ、今日もいつも通りこれをやってしまう。

最高のフィニッシュだ。 いやはや満足した。 今回は、五代目内田さんの顔は見られなかったが、美家古のいい仕事を堪能する事が出来た。 「うちは時代遅れの寿司屋ですから」と謙虚に言っていた五代目の言葉がよぎる。

いや待てよ?ここまで徹底とした江戸前の仕事は、久兵衛や次郎でもお目にかかれない。もしかしたら、今となっては逆に斬新なのかもしれない。むしろ世界遺産的超古典な江戸前寿司かもしれない。などとくだらない事を考えてみたり。 顔には出さないようにひとりでにやにやしてしまう。 この幸福な時間に後ろ髪を引かれながらも、 六代目山下さんに女将さん、従業員さんにお礼をし店を出た。 ごちそうさまでした。 今日の「マイぐい呑ライフ」に乾杯。 ※今回写真が少ないのは、この文章を書いている最中に誤ってデータを消してしまったためです。すみません・・・。

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